ブログトップ

きょうはきのうのあした

yuntata.exblog.jp

<   2008年 11月 ( 7 )   > この月の画像一覧

冬の晴れた日

d0144513_162043.jpg
d0144513_1622079.jpg

寒くなる寒くなる、と言いつつ極端には寒くならない日が続いてる。
高層ビルの窓から眺めていると昼間はほんとにいい天気。
ほんとは暖かいんじゃないの? って思えてくる。

たまにはケータイで出勤途中にパシャリ。
この時期の日差しはやわらかくてやさしくて、好きだー。
d0144513_1623572.jpg
d0144513_1625054.jpg

そういえば連休に近くのショッピングモールへ行き
ロッタとニコにダウンジャケットを買った。
なんとロッタはレディースのSサイズがピッタリになってた。
まあ冬の上着は大きめで購入、がセオリーですが。

いつか来るとは思っていたけど
こんなに早くこの日が来るとはね。

使わない日には貸してもらおう。。。
[PR]
by lottanico | 2008-11-26 16:03 | 日々

13回忌

週末、父親の13回忌で京都へ行ってきた。

法要の場には家族の他に数名だけれども
父の学生時代からの友人や職場の同僚、仲人子が集まってくれた。
家族ぐるみのつきあいが長い人たちばかりだ。
仲人子は私たちと同世代だけれどあとの人たちはみんな高齢になってきた。
母も70を越えた。
この人たちを招いての大きな法要はもうこれで終わりになるだろう。
あとは子どもである私たちが静かに続けていく形になる。
ひとつの節目。区切りの法要だった。

お住職さんも我が家とは長いつきあいになる。
読経、焼香のあと、お住職さんが挨拶をした。

毎週毎週法事をやっているが、13回忌で身内以外の人間が
このように集まる法事は、まずない。
これを見ただけでも、彼の生き方、仕事の仕方、友人とのつきあい方がうかがえる。
翻って自分たちはどのように生きているだろうか。
部下に、上司に、同僚にどのように接しているだろうか。
友人と、家族と、どのように触れ合い、どのように大切にしているだろうか。
死んで12年も経って、このように変わらず故人を惜しんで
集まってもらえるような関係性を培えているだろうか。

法事というのは故人の生きてきた道に触れることのできる機会。
葬式でも法事でも最近は簡素化の傾向にあるけれど
確かにお金も時間もかかってしまうことなのだけれど
故人とつながりのあった人たちと顔を合わせて時間を過ごして
故人の生きてきた道をたずねたりこれから自分たちが生きていく糧にしたり
そういうことは時間やお金に替えられないことではないか。

というようなことを話していた。

坊様の話なので法要の大切さ、みたいな部分が少しは入るし
死んでしまってからではなく生きている今が大事だ、
というような気持ちももちろんあるのだけれども
お住職さんは弟の恩師であり仲人であり
損得なしで長くつきあってもらっているお寺さん。
営業的な側面や神様仏様の話ということはまったくなしに
私たちを長く見守ってくれている立場で話してくれているのがわかるので
素直に聞くことができた。

大切な友人が亡くなってすぐだということもあってか
お住職の話はしんみりと胸に響いた。

会食の席で
「いまだに父が単身赴任を続けているような気がする。
電話やメールが通じないだけで」
と姉が話した。
仲人子が
「ぼくもそんな風に感じます。今はどこに赴任したはるんやったかな、と思う」
と言ってくれた。

***************

20代の頃に比べると確実に訃報に接する機会は増えた。
現に法事が終わってホテルに入ったとたんに
長い付き合いの取引先の担当者のお父様が亡くなった、という電話が入った。


だいじな友人や家族がいつか亡くなったとして
法要の席にいつまでも呼んでもらえるようなつながりを
本人だけでなく遺されたひとたちとも続けていけるだろうか。
自分がいつか亡くなったとして、誰がいつまでも自分を忘れずに偲んでくれるだろうか。
子どもたちが縁戚を大切にして連絡を取り合って
自分の亡き後も関係を続けていってくれるだろうか。

法要やしきたりがだいじ、という意味ではなく
人はいかに人の心の中に生きるか、ということ。

そんなことを考えたりした。

そしてやっぱり逆縁はいかんよ、悲しくて辛くてたまらんよ、
とあらためて思う。
どんなに辛くても、子どもが親を見送る。それが正しいんだ。
そしてその時期はなるべくなら子どもが一人前に成長して
できれば支えてくれる家族ができてから、がいいなあ、と思った。




11月ももう下旬。
毎日が飛ぶように過ぎる。
[PR]
by lottanico | 2008-11-17 15:56 | 日々

学校公開

d0144513_12412760.jpg
おべんきょロッタ。

**************

週末、学校公開があった。
日曜日だったのでいつもよりたくさん授業を見れて楽しかった。
2時間目の終わりごろからニコの算数を見て
ニコの体育(跳び箱)、ロッタの理科、ニコの国語を見ていったん帰り
午後またロッタの道徳を見てきた。うーん充実。笑

上下で見てやりたい授業が同じ3時間目だったりしたので
1時間の授業を半々で見てまわったり忙しい。
去年まではロッタだけ見てたからぼーっと立ってるだけだったけど
今年は移動ばかりしていて慌ただしかった。

ロッタの授業で面白かったのは理科。
アルコールランプの実験というので理科室へ。
ニコの体育を見てから移動したので
前半は見逃してしまったのだけど
理科室へ入ったとたん、マッチの焦げ臭いニオイ。
そしてキャーキャーワーワーと子どもたちの騒ぐ声。
なんだなんだ、と思って状況を見てみると

●マッチを擦って火をつける
●火をアルコールランプに近づける(点火)
●マッチの燃えかすは所定の場所に捨てる
●ランプの蓋を炎の横から近づけて蓋をする(消火)

班に分かれてそれを一人ずつ順番にやってるだけなんだけど。

・まずマッチを擦る、という行為がおそろしい
→「キャー コワイコワイー!」と叫ぶ

・マッチを擦る方法がイマイチわからない
→カスッカスッと擦るもなかなか点火しない

・どのくらいのタイミングで火がつくのかわからない
→火がついたことにビビり、マッチ棒を取り落としそうになる

・アルコールランプに点火したときの炎の勢いを知らない
→点火した瞬間ボオッと上がる炎にビビる

・高く燃え上がる炎に蓋をするというのがよくわからない
→上から蓋しようとして火傷しそうになる

子どもたちの行動はだいたいこれらのパターンに分類されるのだけど
これがあちこちで順繰りに繰り返される。
しかも見ている子どもたちとやる本人とがそのつど
「ギャー」とか「コワイ!」とか「うお、ビビったー」とか
大声で叫びながらやるのでやかましいことこの上なし。

ロッタはマッチは一発で火がつけられたけど
擦る前に「ギャー怖いー怖ーッ!」と叫びまくり。
ランプの炎の高さにも悲鳴をあげてた。笑

こんなのどってことないさ、的な顔してる男子も
火がついたとたん身体がビクッとしてたり
見ててなかなか面白かった。

しかしマッチの芯に近いとこ持ってた男子が
アチー! とマッチを放り出したのは驚いた。
机の上だったのと周りの子たちがすぐ拾って捨てたので
大丈夫だったんだけど、
お友だちの洋服に火が燃え移ったりしたらたいへんだよねえ。
ロッタはその日ものすごく燃えやすそうなニットを着てたので
ドキドキしてしまった。

その男子は結局火傷をして親指先の表皮が真っ白に軽く焦げたみたいになって
午後の授業までずっと冷やしてたw

実験などで火を扱ったりちょっとした劇薬を混ぜたり
そういうのが徐々に出てくるよねえ。
5年生になれば調理実習も始まるし。

マッチなんて見たこともないかも、な世代のお子様たちの
身体感覚というか危険を察知する感覚ってどんなもんなんだろなあ。

授業の終わりに先生が
「マッチを擦るときは子ども同士は絶対ダメ、大人のいるところで」
と言ってたけど、各家庭にマッチなんてもはやないのでは。。。
うちのような喫煙家庭でもマッチはほとんどないよ。
ましてやあの実験で使ったようなハコ型のマッチなんて。苦笑
[PR]
by lottanico | 2008-11-11 12:42 | 日々

時間薬、日にち薬

d0144513_15113248.jpg
湿度が高くてダメダメ、もっと元気に前向いて、
と自分にカツを入れることはだいじだけど
無理する必要はまったくないのだ。

七さんとこにもあったけど

死は悲しい×仲の良い人×しかも急

となれば
こんな気持ちになるのは当然のこと。

ちゃんと悲しまないでがまんして封じ込めても
あとで辛さがじわじわと出てきちゃう。

だからいまは
ちょっとしたときに考えてしまう自分を許そう。

とはいえ四六時中考えているわけじゃない。
現実は待ったナシで進んでいく。

子どものなわとび大会につきそったり
お弁当つくるし学校公開を見に行ったりもするし
もちろん仕事もするし夕飯のおかずのことも考える。

それはそういうものだから。

そういうふうに仕事や家庭を切り盛りしつつも
ときどきしんみりとして彼のことを考えて
ときどき友だちと彼のことを話して笑って泣いて
食べて眠ってまた起きて

そうやって時間薬を擦り込んで、日にち薬を飲み込んで
暮らしていくんだ。
[PR]
by lottanico | 2008-11-10 15:17 | 日々

お別れしてきました

悲しかったけど
ちゃんと顔を見てお別れが言えたから
行けてよかった。

写真でつながった仲間たちと
一緒にたくさん思い出話をして
馬鹿な話もして笑って飲んで
何度も泣いた。
そらまめさん、soramimiさん、きよさん、
to-fuくん、七さん、1048さん、HIROSHIx、ありがとう。
みんなと見送ることができてよかったと思う。
みんなの中では私がいちばんお姉さんなのに
だらだら泣いててごめん。

発見したことは
こらえながら泣くと頭が痛くなるってことだ。

あんな箱に入っちゃって
目を開けることもなくって

お経の途中で「おいおいかんべんしてくれよ」
ってむっくり起き上がるんじゃないかと思ったりもしたけど

そんなことはなかった。

残念だけど、さよならだ。

悔いはいろいろあるけど
そんなこんなはみんな自分で抱えとくしかないね。


ありがとう、みんな。
ありがとう、れん。さん。

赤羽会部長任されちゃってるからね。
忘年会も、予定通りやるよ。



さあ、あしたからまたいつもの毎日。
[PR]
by lottanico | 2008-11-05 21:31 | 日々

それでも日々は

d0144513_21554190.jpg
今日はニコの七五三だった。

夜中に悲しいメールを受け取って
心がちぎれそうな悲しみと悔しさをもって
それでもお祝いの装束に身を包み

笑う。
会話する。
食べる。
撮る。

合間に友だちから切ないメールを受け取り
私からも悲しく切なくやるせないメールを返す。

この矛盾した一日。




生きていく。

子どもの成長を祝い親である喜びを感じ
家族で培ってきた日々をあらためて振り返り喜び
一方で彼の運命と無念さと
知りながら会えなかった自分とにどうしようもない憤りと後悔を抱く。

矛盾だらけの自分に混乱した楽しく切ない一日。

でもそれでも生きていく。

それでも日々は続く。


私が私らしく変わらず日々を愛し
家族を愛し
撮り続けること。

それを止めずに続けていくことを
きっと彼も望んでいたはず。




会いたかった。
また話をしたかった。

そんなこと言っても虚しいだけだけど

せめてもう一回話したかったなあ。


あとちょっと待ってくれてたらな。


残念だよ。
悲しいよ。
[PR]
by lottanico | 2008-11-03 21:28 | 日々

後悔

なんで夏に声かけなかったのか。
時間はつくろうと思えばつくれたのに。
会いたいなと思ってたのに。

自分から動かなければ「そのうち」なんて日は永遠に来ない。
会いたい人に会うことを先延ばしにしたらダメだ。
[PR]
by lottanico | 2008-11-01 23:37 | 日々