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きょうはきのうのあした

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カーブミラー(追記あり)

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ものすごく低い位置にあると撮ってしまう。

私だってたまには一緒に写りたいからね。

*写真、プリントスキャンしたほうが綺麗だったので差し替えました(2/1)。
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by lottanico | 2008-01-29 20:09 | 写真(子ども)

母校

12月の話。
出張にかこつけて西宮へ。
FRAME*さんがメインの目的だったのだけど、プリントまでの時間待ちに
思い立って母校を訪ねることにした。

FRAME*と駅をはさんで逆側、小高い丘を登ると4年間通った大学がある。
今の時期はたしかクリスマスのイルミネーションで綺麗なはず。

当時ヒールの靴で歩くのはだるかった坂道。
クラスメイトの車で送ってもらったりもしたし、バスにも乗った。
方向は覚えているけど周辺の雰囲気はすこし変わっている。
まあ歩けばつくよ、と記憶を頼りに歩き出した。

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冬の夕方、すでに日は暮れていた。
ほとんど街灯もない道を歩きながら、こんな暗いところを歩いた記憶がないと思った。
それはそのはず。学校の授業なんて18時には終わるのだ。
暗い道を帰ったことはあっても夜に学校へ向かったことなんて一度もない。

坂の上から授業を終えた学生たちが談笑しながら下りてくるのが見える。
すれ違った車を運転しているのは学生なのかもしれない。

曲がった坂道が終わり、まっすぐな一本道へ出る。ここまで来ればもうすぐ。

父親から現金の入った分厚い封筒を渡され、「自分で納めてこい」と言われ
初年度の授業料を払いに来たことを思い出した。
あのとき、あの現金に込められた意味を知らなかったなあと思う。

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昔は正門近くからライトアップされてたと記憶していたのだけど
その日は時計台の近くに飾り付けがしてあった。
記憶よりもずっとシンプルだった。色はもっとあったようにも思うのだけど。

中央芝生の真ん中に立って正面から見た。懐かしかった。

ふらふらと敷地内を歩く。
変わったところもあるけれど、基本的にはなにも変わってないようにも思えた。

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この建物は商学部だったか?
どこかの教室へ至る階段。
ここを下りてなにかの授業に駆け込んだりもしたような。
自分の学部以外のあちこちの教室で受けた授業の記憶は
ごちゃごちゃしていてはっきり思い出せない。苦笑

学生会館、これも昔からほとんど変わらない。
見取り図を見たら、当時参加していたサークルの部屋がまだあった。
何十年も続いていることに驚いて、そしてほんのちょっと誇らしい気持ちにもなった。
でも訪ねてみたりはしない。
あたりまえだ。OBヅラして突然学生のくつろぎの場に闖入したりはしない。
というよりも、思い出は思い出のままだからいいのだ、という気持ちのほうが大きい。

いろんなことが懐かしかった。
懐かしい、と思える程度には年をとったのだな、と思った。

遠くまできたものだ、という気持ちといまの自分に後悔はないぞ、という気持ちで
時計台を後にした。もちろん帰りはバスで。笑

小一時間の思い出巡り。
思い切って行ってみてよかったな。
なんだか気持ちがクリアになった気がする。
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by lottanico | 2008-01-25 16:33 | 写真(風景)

冬の日暮れ

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冬の日暮れどきは空の青が美しい。
空気がピンと緊張してる感じが好きだ。

寒くてしびれるけど、夏よりも冬がいい。

ディズニーランドにてダンボの列に並びつつ撮った1枚。苦笑
NATURA×NATURA
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by lottanico | 2008-01-25 00:51 | 写真(風景)

ギリギリの距離

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50mmのレンズでこの距離から撮るのはそろそろ限界。
身長差が20cmを切ってしまったロッタのことは
もうこんな角度では撮れないのだった。

むぅ。これからは台に乗るかヒールを履くか。。。



******
今日の宿題
●漢字ドリル10問
●漢字学習(1文字1ページの)×2字
●社会のプリントのイラスト(8点)に色を塗る
●道徳のプリント仕上げ(学校でやった残り)

今日はなんとかクリア。でも22時半までかかった。
とはいえ学童から帰ったらピアノ練習して食事。
終わってちょっと落ち着いてとりかかるのが21時近いから仕方ないのか。

お風呂のあと、イラストの色塗りは半分ニコにやらせて(笑。大喜びでやってた)
昨日やりきれなかった国語の教科書の写しを進めるも0時で挫折。
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by lottanico | 2008-01-25 00:42 | 写真(子ども)

本日の宿題(メモ)

また宿題ネタです。つか覚え書き程度ですが。。。

<今日のロッタの宿題>
●国語の教科書書き写しP52~57「漢字と友だち」
●漢字ドリル1ページ分
(20問の問題に出てくる漢字すべてを送り仮名も入れて3回ずつ書く)
●漢字調べ2文字分
(一つの漢字についてノート1ページ分。
書き順、音読み訓読み、漢字の意味を調べて書く、2行分練習、
その字を使った言葉を調べて2行分書く、その字を使った文章を書く)

これで少ないほうです。
ふだんはここに算数ドリルが入ったり理科や社会のプリントがあったり。

さてロッタさんの結果ですが。

・漢字ドリルは昨日もやったのでパス(範囲が同じなので自主的にパス)
・漢字調べは1つに減してクリア
・国語の教科書半分写したところで眠くなりリタイア

学童迎えた時点で教科書の写しが1ページもできてなかったので
それは遅いやろ、と状況を聞いたところ
昨日持ち帰るのを忘れてできなかった社会と理科のプリントがあって、
学童でそれを先にやってたら今日の宿題に手をつけられなかったとのこと。

むむむ。

前日の積み残しからやってると当日の宿題がまたできなくなるので
積み残した分は忘れて先へ進め、と指導するも伝わったのかどうなのか。

ケイ太は懇談会中には提議する時間がなかったようで
懇談会が終わってから先生と個別に話したとのこと。

ケイ太曰く、先生が考えを変えて宿題を減らしてくれればベストだが
あの先生自体を変えることは無理。
なので、我が家の状況を伝え、
「家庭の平和とロッタの健康のため、うちはうちの裁量でやらせてもらう」
ということに了解を得た、とのこと。

それはそれでまあ悪い結論ではない。
でも、それだと「うちの裁量」はどこまでかを決めなくてはいけない。
てことは、日々出る宿題をどこまでやるか、
ロッタの負担と授業の進み具合を考えて
「今日はここまで。後はやる必要ないから」
ということを親が決めなくてはいけないですわね。。。

そして宿題がたくさん出る、という事実は変わらないわけだから
学童が終わってお迎えして宿題リストを元に方針を決めるまでは
ずっと宿題をやらなくてはいけない。
てことは学童ではやっぱり遊ぶ時間がないし
「今日は終わったー」という解放感を得ることもやっぱりないんだろうな。。。


いいのかそれで。悩。

************
そらまめさんのコメントを読んで思い出した。
音読があったわ。国語の教科書、現在やってる単元を少なくとも1回以上読みます。
あまりにも基本すぎて宿題という認識すらない、これは毎日必須です。
いまは「モチモチの木」最初から最後まで。
長いんだこれが。いい話なんだけど、何ページまで、とか区切ってほしい。
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by lottanico | 2008-01-24 01:02 | 日々

ロッタの宿題

多い多いと嘆きつつもなんとか日々クリアしつつ、
どうにか三学期まで来たロッタの宿題。
冬休みも泣きたくなるくらい多かったし、この連休も「遊ぶな」と言ってんのか!
ってくらいの量があった。

どうにかこうにかやってきたけど、
でもここへ来てもう限界かなあと思う。

私もケイ太もロッタも毎日宿題のこと考えてる。
学童お迎えして宿題が終わったかどうか確認して(ほぼ100%終わってない)
夕食前後に追い立ててなんとかやらせて本人も泣きながら眠さと格闘して。

ていねいに一字ずつ書くロッタに「もっと早く書きなさい」と
この一年で何回言っただろう。

もう親も子もぐったりだ。

なんでこんなに宿題出すんだろう。
受験生でもないのに学校の宿題で夜中までかかるって、異常だ。

昨日も学童お迎えした時点で宿題がまだたくさん残ってたのだけど
ピアノの練習を先にしなさい、と言ってやらせた。
宿題宿題でずっと机に向かってるのは疲れるだろうし
第一ピアノの練習する時間だって必要だ。

その後少しだけテレビを見てごはんにしたのだけど
食事中にもうろうとしているロッタ。
早めにお風呂に入れようと思っていたけどふと気づいたら
ソファで倒れて寝てしまっていた。

いっそ1時間くらい寝かせたほうがスッキリ起きられるかとそのまま放置したら
ニコがひざかけを持ってきてかけてやってた。優しいねえ。

1時間ちょっとで起こしてなんとかお風呂に入れたところでケイ太帰宅。
お風呂で目が覚めるかと思ったけどいまいちぼんやりしているロッタと
「また宿題かよ!」と不機嫌になるケイ太。

ケイ太が怒っているのは学校に対してであって
ロッタに対してではないのはわかってる。
でも彼が不機嫌になってイライラしているのがわかるので
ロッタもむすっとしている。

結局全部は終わらなくて区切りのいいところでやめよう、と決めて
ロッタがベッドへ行ったのは0時半だった。

3年生は物量でこなす宿題が多い時期だ。
私自身同じ漢字を1行ずつ書いてこい、という宿題が日々出て
苦痛だった記憶はやはり3年生のもの。
「書いて覚えよ」の神話はいまでも有効らしい。
でもせいぜい多くても2時間がんばれば終わったと思う。
だって私は21時に寝てしまう子どもだったもの。

ロッタは学童へ行ってる分、行ってない子よりも
家庭学習にかけられる時間が少ないのかもしれない。
でも夜中までやらないとできない量はおかしい。
うちの子だけがそんなに時間がかかるのかと思って周囲を聞くと
苦労してない人はいない。口を揃えて「多いよねえ」と言う。
あるママは「子どもにやらせるのは無理だから私が(漢字を)書いてる」
と言ってたけどそれはそれでどうかという気もする。

おかしいのは先生だ。みんなそれはわかってるのにどうにもならない。

懇談会は来週。
ケイ太が出て先生と話すと言っている。
その状況にもよるけれどラチがあかなければ教頭先生にでも話すか。

4月に担任が変われば、とも思うけれど
このままあと3カ月も親の方が続かないぞ。



一方でロッタの字を書くスピードが遅いのも事実だ。
まるで「書き方」の宿題のように一字一字をていねいに書くからほんとに遅い。
夜中になっても眠くてもまだたくさん宿題が残っていても
雑にならずにそのていねいさが変わらないのはある意味すごいのだけど(さすがB型)
これはこれで問題。

でももう「早く早く」と言うのは私自身がイヤなんだよなあ。
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by lottanico | 2008-01-18 01:00 | 日々

懐かしいメール

「ゆびとま」って知ってますか?

自分の出身学校とかを登録しておくサイトなんですが。
大昔に登録したものの、すっかりその存在も忘れてたところ

メールがきました。

中学生のとき、同じクラブだった男の子から。

おおお、こんなことってあるのねー びっくり。

中学3年生の夏休みに転校しちゃったので卒業はしてない。
てことは卒業名簿なんかも持ってない。
楽しかった記憶だけが残ってる。
いや嫌な記憶も残ってるけどさ。→いじめとかあったしー。

部活は吹奏楽部。
その男の子は同じトランペット仲間だった。
身長も同じくらいだったので仲良しだったんだけど
3年生になって彼のほうがぐんと背が伸びて悔しかったの覚えてる。

トロンボーンのSさんやフルートのMさんのその後の消息など
いろんなことを書いてくれてて懐かしくメールを読んだ。

「次みんなで集まる機会あったら声かけてもいいですか?」

おお、これが同窓会ってやつ?
転校だらけの人生でお知らせをもらったことがない私には
憧れなのよ、同窓会。
ひょー うれしいよーん。

って次がいつかはぜんぜんわかんないんだけどね。

中学生の頃といえば12歳から15歳くらい。
大昔だ。
あと数年でロッタがその年齢になっちゃうよね。
その頃の友だちと何十年もたってから不意にコンタクトとれるなんて
インターネットって偉大だ。うむ。
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by lottanico | 2008-01-12 21:16 | 日々

死んでも生きるということ

朝から父方の叔父の訃報。
冬死ぬ人が多いのはなんでだ。寒いからか。今年はさして寒くないのにね。

父方の親戚とは交流なく生きてきたので
亡くなったと聞いても特に思い出もないし従兄弟の名前すら出てこない。
悲しさも特別ないけれど

人というものはいつか必ず死ぬのだ

ということを再認識してすこし悲しくなる。

そういえば父が亡くなったのも1月だった。
つか明日が命日だ。

命日ってなんだかすぐ忘れてしまう。
誕生日はすぐ思い出せるのに。
だいじにしてきた歴史がある日付は忘れないということなのか。

でもせっかく思い出したのだから
明日はすこし父のことを考える日にしてみようかな。
といってもじつは普段から父のことは考えている。
鬼籍に入って10年になるけどいつでも思い出す。
友人と話していても
「ああそういえば父親がこんなことを。。。」
とまるで生きている人のように話すので
中には私の父親がすでにいないことを知らない人もいる。
フツウは亡くなった人のことをそんな風に話すものではないらしい。
でも亡くなったからと言って特別扱いしないで
日々の記憶の中に織り込んで織り交ぜて話せばいいと思う。

子どもたちにも時折そんな風に私の父親との昔話をしたりもする。

生きていても遠く離れていてずっと会えない人もいる。
それと何が違うのだろう。
死んでいるか生きているかなんてほんとうには関係がないのかもしれない。
会ったり話したりはできないけれど
メールを送ったりはできないけれど
でも私は父親を覚えている。
きっと私が彼の年齢を超えても忘れない。
生きるというのはそういうことなのかもしれない。

たいせつな誰かの心の中にきちんと残る生き方をすれば
死んでも生きるのかもしれない。
なんてね。

とはいえ、いま生きている人が死んでいい、ということではまったくない。
子どもたちがどんな遠いところへ行ったとしても
生きていてくれればそれでいい、と思ったりもするわけで。
なんだろうね、この矛盾した気持ちは。
要するに父親は死んだけど私の中ではずっとずっと生きている、
現実にいないからといって
私の中でも死なす必要なんて何もない、ということかな。

あ、しまった命日は明日なのに命日っぽい日記になってしまった。苦笑
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by lottanico | 2008-01-10 17:00 | 日々

ロッタの書き初め

ロッタの学校は今日が始業式。
苦労した宿題一式を抱えて久しぶりにランドセルしょって
飛び出していきました。やれやれ。

写真は宿題の書き初め。
書道教室で宿題対策の日を作ってくれたので
ほいほい放り込んでやってもらった。
有料でもいいの、家でやらせるのはたいへんだからね!

書いてる途中は見てないのでどのくらい苦労したかわからないんだけど
朝10時から行ってお昼も食べずに14時半くらいまでかけて(!)
みっちり書いて2枚いいのができた、と言ってた。
これはその2枚から選んだ提出用。

やっぱ書道習ってると全然違うよね。
私は悪筆で苦労したから(今も)つくづく思うのだけど、
字がきれいというのはほんとに宝だわー。

そんなロッタさん、昨日お習字教室から帰ってきて
硬筆が三段に昇格したと嬉しそうだった。

確か10級から始まって1級、初段、二段、三段。。。
となっていくはず。
これはわりとすごいことなんじゃないかなあ、よくわからないけど。
毛筆は1級だって。へええええ。

ただこのていねいな字を宿題でも維持しようとするから
漢字練習が遅くて遅くて。。。涙
一文字書くのにものすごーく時間かかるの。
留め、ハネが気に入らないと何度も消すのさ!

冬休みの宿題で「3年生になってから習った漢字最低5回ずつ書く」
というのがあったのだけど1時間みっちり書いても数行しか進まない。
泣きそうになりました(私が!)。
結局2回でギブアップ(私が!)。
書き飛ばせない子に5回も書かせたら正月中漢字書くはめになっちゃうよ。
毎日5時間くらい机に向かって年内ほぼ全部かけて
ようやく冬休みの宿題終わらせたんだもん。。。
大晦日の15時まで宿題やってたよ。まったくもう。

でもまあ、美筆は宝だ、という考えに変わりはないですが。
中学生くらいになったら年賀状の宛名書きとか
お香典のオモテ書きとか頼もうと思ってます。笑
我が家の筆耕係さ!
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by lottanico | 2008-01-08 10:00 | 日々

10年目にして

うちにはグーという10歳の雄猫がいるのですが
これがまったく抱っこさせてくれない猫で。

愛想もなんもないのです。

下手に頭をなでようなんてすると
いきなり猫パンチ(わりと本気モード)か牙むいてきたり。

大きな声では言えませんが、過去にヤツに噛まれて病院通いをするはめになった人が
2人いるほど(私の母とケイ太)のワイルドさです。


そういう子なので基本的に誰もさわらない。
餌と水を用意してやったら後は放置。
子どもたちもからかったりしない。
嫌ってるわけじゃないんだけどスキンシップは危険だから声をかけるくらい。

そうするうちに、いつも空気のように「そこにいる」けど
誰も気にしない存在になっていくわけで。

ええ、完全に家の中で野良猫化しています。


そんなグーが昨夜、私のベッドの足元にやってきました。

布団の上によっこらしょと丸くなって寝たりするのはときどきあるんだけど
昨夜は違ってて。

なななんと私の掛け布団を頭でめくって
フンフンと鼻をならしながら中に入ってきたですよ奥さん!

んでもって私の足の間にグイグイと体を割り込ませて
自分の位置を強引に確保して丸くなって寝ようとするですよ旦那!


いやもうびっくりしたのなんのって。

グーと一つ布団の中で寝る日がこようとは!
まずありえないと思ってたからね!

うちに養子に迎えて10年、なじんではいるものの
今ひとつ打ち解けないところのある彼に初めて
「お、おかあさん。。。」
と呼ばれたようなじんわりとした嬉しさがこみ上げてきましたよ。

いや〜ここまで10年かあ。長かった〜

あと10年たったら子どもたちがグーを枕にしてゴロゴロしても
噛まれたりしないようになるのかなあ。

って猫ってどのくらい生きるんだっけ?

20年は生きないか?
ハッ このいきなりの変わりよう、もしかしてグーは死期が近いとか?
象の背中とかなんとかいう映画みたいに
もうすぐ死ぬなら飼い主にも少しは優しくしとくかみたいな?


えええ。。。

いやまだ大丈夫と思うけどね。

とりあえずあのかわいいネコちゃんぶりが昨夜限りの気まぐれなのか
あるいはこれから徐々にごろにゃん系(てなんだよ?)に変わっていくのか

しばし観察したいと思います。
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by lottanico | 2008-01-07 10:00 | 日々