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きょうはきのうのあした

yuntata.exblog.jp

カテゴリ:日々( 108 )

Touch Me(違

ipod touch 5を手に入れてあれこれ遊んでます。
といってもまだ2~3日しか経ってないのですが。

いわゆるスマホのような見た目や機能に
へーへーほー(not与作)となりながら
あれこれトライしてるところ。

この後iPhoneへ移行するか
まあこれはこれでいいやとなるかは
もうちょっといじり倒してから判断しようかな。

LINEやらメッセージやらiCloudやら
実にいろんな機能が使えるのですね。
無料でこれだけのことができるのにはびっくり。
世の中のテクノロジーはいつのまにかこんなにも進んでいたのね、とため息。

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by lottanico | 2012-11-08 20:24 | 日々

ロッタさん誕生日

部活で忙しいロッタさんの誕生日。

今年は「自分でお店に行ってほしいものをいろいろ選びたい」
というリクエストだったので事前に準備はせず。
しかしコンクール前のため土日も部活、誕生日当日も部活。
いつ買いに行くんだ?8月入ってからか?と思っていたら
「当日にプレゼントがほしいから夜買いに行く」
と言い出し、夜仕事が終わってから付き合うことに。

仕事帰りに近所のショッピングモールで娘たちと待ち合わせて
ディズニーストアや小物屋さん、キャラクターショップ(とでもいうのか?
を巡ってちまちまとほしい小物類をかごに入れていくロッタさん。
とても幸せそうでした。

大物もいいけど普段自分のお小遣いではなかなか買えない
ちょっとした小物を一気買い!というのもよいかも。
大人からしてみると「こんなもの???」と思うような
ものばっかりだったけど(笑)本人は大満足の様子。

そして昨日はようやく家族そろっての夕食。
ちゃんとごちそうを作りました。
ケーキも自分で選んで
今年はホールのケーキではなく
フルーツいっぱいのロールケーキ。
ろうそくさす場所にちょっと苦労しました。
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火:プレゼントを選びに行く
金:ケーキを選びに行く
日:誕生祝いの夕食とケーキ
と、1週間かけてちょっとずつ進めた誕生祝いでした。

はあお疲れさま。

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by lottanico | 2012-07-30 21:44 | 日々

夏休みループ

現在我が家は夏休みシフト中です。

夏休みといえばラジオ体操なわけですが、
6時20分にラジオ体操に出て行く下娘のために
いちおう私と娘が起きるとしている時間は6時。

ええ、いつもの起床時間(6時45分目標)よりだいぶ早いのです。

夏休みなので弁当作りもあります。
6時に起きるんだからその早起きのまま弁当を作れば楽勝なわけですが、
本音を言えばラジオ体操がなければもうちょっと寝てられる。
いや寝てたい。
しかし下娘はラジオ体操に行くので6時20分には家を出る。
ということは6時には起きる。
下手したら5時50分に娘に起こされたりする。

ラジオ体操を見送ったあと二度寝すると絶対間に合わなくなるので
しぶしぶ起きて娘たちの弁当を作ったりするわけです。

弁当作りだけを考えれば早めに起きているので
余裕があり、きちんとおかずが作れる。
が、下手に時間があるがためにちゃんと作ってしまう。
朝食のおかずも一緒に段取りする。
結果としておいしい弁当とほどほどの朝食はできあがるが
私自身は朝から頑張りすぎて7時の時点ですでに疲れている。

そうこうしているうちに下娘は戻ってくるわ
自分も出かける支度をしなくてはいけないわ
朝食を食べなくてはならないわ
上娘をたたき起こして髪を結ばねばならんわで
わたわたしたあと出勤。

この時点で起きてから2時間近くが経っており
すでに半日が終了したかのような疲労感。

そんなこんなを1週間繰り返したら
金曜日なんてもう起きられませんよ。はい。

今朝はラジオ体操、起きられませんでした。
待ち合わせしてるお友達のピンポン(何度か鳴らしてくれたらしい)
も全員気づきませんでした。

下娘ちゃんもプールとか夏期講習とかでくたびれ気味ですしね。
でもなんとか本人は起きて遅れながらも飛び出していったのが
とてもえらいと思いました。
私はいってきますーの声とドアがしまる音でなんとか起きた。

ということで今日の弁当はおにぎりとソーセージ。終わり。
もう無理です。
いろいろと無理。
夏休みってたいへん。

明日は土曜日。
朝がっつり寝たいけどラジオ体操はあるし
上娘ちゃんの部活があるので弁当もある。
ご家庭をきちんと回していくというのは実にたいへんな労力ですな。

とりあえず明日は昼寝をしたいです。
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by lottanico | 2012-07-27 11:57 | 日々

スタレビナイツ

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行ってきましたよ30周年記念ライブ@さいたまスーパーアリーナ!

ファンクラブ入ってる猫ちゃんにお誘いいただいて(お誘いして?ww
友だちと4人で行こうね、という話になって早や半年。

友だちとライブに行く、ての自体が考えてみたら初めてで
(一人か姉貴としか行ったことないような・・・)
ていうかライブに行くこと自体がまれなわたしですが
まあ万難を排して行ってきました。

5時間程度、のはずが結局6時間!40曲!
堪能しましたーー
しかも席がアリーナの21列どまんなか!
ファンクラブの威力を見ました。
猫ちゃんありがとうー。

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by lottanico | 2012-05-21 23:46 | 日々

ときにはケンカしたりもする

ニコさん、ここ数日浮かない顔だった。

保育園からずっと仲良しのお友だちとケンカのようなものをしたらしい。
夕食の時に今日あったいろんな出来事をロッタと競いあうように話す中から
その子の名前が消えているのに気が付いたのは2日ほど前。
遊ぶ中心のメンバーが変わっていくことはよくあることだけど
どうしたのかな、と思って聞いてみたらやはり何かトラブっていた様子。

たぶん原因やきっかけはささいなことなんだろうけど
ちょっとずつ感情がもつれて
うまくコミュニケーションできなくなって
なんとなくそっぽを向きあうような状況になったとのこと。

「このままじゃイヤだから、とニコから声をかけたんだけど
ぜったい聞こえてたはずなのに、無視されちゃったんだ。
ニコは勇気を出して話そうと思ったのにさ。
そんな態度だったらニコだってもういいや、ってなっちゃうよ」

と涙目でふくれっつらで今の気持ちを話してくれた。

ふむふむなるほどね。
じゃあさ、ママがHちゃんのママにメールして聞いてあげようか?

と聞いてみたら、ううん、いい。と首を振る。

そうだよね、本人同士で話すのが一番だとママも思うよ。

「でもね、ニコが呼んでも返事しないで行っちゃったんだよ。
もうお話するの無理かもしれない・・・」

じゃあどうする?
このままずっと話さないまま春休みになって
クラスが分かれてさよならになってもいい?

と聞いたらじっと考えたあと
「電話してみる」と立ち上がり
ママ、聞いちゃだめだからね、と念を押して
子機をもって部屋に入っていった。


あとで聞いてみたら
ちょっとだけ勇気を出した電話が功を奏して
仲直りできたらしい。


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女の子も高学年になるといろいろある。
でもちょっとずつ自分で考えてお友だちと話して
関係性を作っていけたらいいと思う。

ママメールして、って言わなかったのは成長した証拠だ。

これかもいろいろあるんだろうなー。
がんばれがんばれ。
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by lottanico | 2012-03-23 15:05 | 日々

良いお年を

今年もあと数時間になりました。

最近ブログぜんぜん更新できてませんでした。
たまに気が向くとここだけ書いてたり。
でもたまーに、でしたね。すみません。

書きたいことはあれこれあるものの
なんだか書きそびれてしまうことが多いのは
きっとツイッターなどで小さく発散しちゃってるからだろうと思う。
一回人に話したことをもう一度人に話すのがむずかしいような
ある意味「伝えたい」という小さな欲求がどこかで満たされてしまうと
きちんとした文章って書けないんだろうなあ。
(いまここに連ねているのがきちんとした文章かどうかは置いといてw)

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この一年、いろんなことがありました。
地震もそうなんだけど個人的にいろいろあったなーと思う。

いちばん大きかったのは人とのかかわり。

会いたい人には会う、だいじな人にはだいじと伝える。

阪神の震災のときも父親を亡くした時も
長くつきあえると思っていた友人を亡くした時にも思ったことだけど
今年一年その思いはさらに自分の中で大きくなった気がする。

「いつか、そのうち」が向こうから訪れることに期待しないで
自分がほしいものは取りに行く。
たいしてほしくないものや「おつきあい」なものはなるべく捨てて
自分の時間は自分がここちよいと感じる、求めているものにだけ割く。

もともとそういう考えで生きてるとこはあるのですが
さらに強まったという感じかな。
ある意味わがままかも? と思うけど
自分の自由になる時間は少ないし、
これから先の時間がどれだけあるかは誰にもわからないし。
そう考えたらあまり無駄なことはしてられないなーと思っちゃうわけです。

すべてにおいてそうできているわけではないけれど
そう思いながら物事を取捨選択してきたようには思う。

その結果、いま自分としてはとてもいい状態にいる気がする。
なので来年もこんな感じでやっていけたらなーと思っています。

今年私と一緒に時間を過ごしてくれただいじなひとたち(もちろん家族も含め)が
来年も私とともに過ごしてくれますように。

そして新たな出会いやつながり、そういったものも縁があるかぎり大切にしたい。

そんな風に思ったりしたりしている年の瀬です。

一年間お世話になりました。
皆様よいお年をお迎えください。

2012年が平和で安心で安全で愛にあふれた一年になりますように。
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by lottanico | 2011-12-31 14:26 | 日々

音楽会な週末

土曜日は中学の吹奏楽ミニコンサート
日曜日は小学校の音楽発表会だった。

ロッタがファゴットを演奏するのを
間近でじっくり見たのは初めてだった。
夏のコンクールは見に行ったけれど
会場が広くて舞台も離れていたし遠巻きに眺めたという印象。
学校の体育館での演奏、しかも一番前を陣取ったので
様子がよくわかって楽しかった。

やっぱり吹奏楽はクラシックが似合うと思う。
マルマルモリモリとかAKBよりも
コンクールの課題曲や自由曲のほうがずっと趣があって
よかったなー。
ジャズとかもやればいいのに。

地元のオーケストラが参加して2曲やったあと
全員で1曲やって終わり。
総勢100人の演奏は圧巻だった。

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小学校の音楽会は日曜日の午後。
1年生から6年生まで全部見たけどどの学年もよかった。

小さい子が一生懸命指揮を見て大きな口を開けて歌う姿は
それだけでぐっとくるものがあるし
高学年のひとつひとつの音をていねいに拾って
紡いでいく音楽も感動的。

やっぱり一番前で見てたんだけど
不思議なくらい手を抜いてる子がいない。
小学校高学年ってこんなまじめなものだったっけ?

どの子もきちんと前を向いてちゃんと声を出してる。
当たり前のようでむずかしいことだと思う。

それにしても年をとったのか
一生懸命とかひたむきとか真摯とかってものに
からきし弱くなった気がする。

1年生や2年生が精いっぱいの歌声を聴かせてくれる
そのことに感動してしまったり
6年生のピアノの音のきれいさに涙しそうになったり。
ああもうすっかり涙もろいおばちゃんやん・・・

子どもが純真な存在だなんてのは幻想だとわかっていても
なにかに一生懸命向かってる姿というのは美しいよね。
そういうのに感動してもいいよね。

ニコさんは合奏のときオルガンを弾いてた。
楽器の配置はあらかじめ聞いてなかったんだけど
いざ並んでみたら私が座った場所の真正面だった。
一番前の観客と演奏側の一番前で向かい合ってしまって
かなり照れくさそうだったけど
曲がスタートしたらさっと切り替わって
きちんと指揮を見ながら弾いてた。うむ。えらいぞ。

休日とは思えない早起きで一日動いて疲れたけど
やっぱこれは行く値打ちがあるよなーと思った。
自分の子どもの出番のときしか見ないなんてもったいない。
どの学年もその年齢ならではの素晴らしさがあるし
曲のバリエーションもあってとても楽しい会だった。

まあでもちょっと代休とかほしい気分ではあるのだけどね・・・
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by lottanico | 2011-10-31 23:17 | 日々

ひとり酒

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新宿鮫Xを読んでる。
いきなり10作目からという入り方だけど面白い。
早く続きが読みたかったのと仕事が忙しくて頭がぱつぱつだったのとで
赤羽で途中下車。

さいきんよく行くお店はおいしいけどちょっと暗くて本を読むには向かない。
エキナカに新しいバルができたと聞いたのでちょっとのぞいてみた。

カウンタとスツール、テーブルが少しの小さなスペース。
混んでくれば立ち飲みもありかな、という感じ。

エキナカに酒飲めるスペースがあるってなんだか不思議。

ハイボールを飲みながらハードボイルド?を読む。
なんか楽しい。

あてはセロリとエリンギのきんぴら、砂肝とキノコのアヒージョ。
鮫島さんの世界に浸るには1杯じゃちょっと足りないなーと
もう一杯頼んだりして。

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by lottanico | 2011-10-29 00:38 | 日々

後悔はないか

その場にロッタがいなかったのは
週に1回通っている塾の日だったからだと思う。

片づけたテーブルでニコが宿題をやっていて
私は食後のコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。

ニコがふと目を上げて、突然聞いてきた。

「ママはもし戻れたら子どもの頃に戻りたいって思う?」

わりとすぐに「戻りたくないと思う」と答えたら
ニコは目を丸くして「子どもの頃、嫌だった?」と訊ねてきた。

「うーん、嫌じゃなかった、かな。
いいことばかりじゃなかったけど
子どもの頃は子どもの頃で楽しかった。
でもちゃんと楽しかったからもう一回やらなくてもいい」

そう言ったら
「後悔は、ないの?」
と質問されて、返事に詰まった。

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失敗したことなんて山のようにある。

あのひとことを言わなければ、あのとき引き返していたら。
あのとき一歩踏み出していたら、あのとき手を離さずにいたら
いろんなことが変わっていたかもしれない、ということが
人生には必ずある。一度や二度じゃない。

失ったものを夢に見て泣きながら目を覚ました夜が、私にもある。
たしかにあった。

では、いま私に
あの頃に戻りたい、と強く願う過去があるだろうか。

やり直せるものならやり直したいと思っているポイントがあるだろうか。

・・・・・考えてみたけれど、思いつくものが何もなかった。

忘れているだけだろうか。

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いまの生活に100パーセント満足しているか、と聞かれたら
イエスと即答はできない。

足りないことや手に入れたいもの、こうだったらいいのに、
と思うものは探さなくてもいくらでも出てくる。
自分に望むこと、家族に望むこと、周囲に望むこと。
挙げていけばきりがない。

でも、いままでにあったいろんな出来事に思いを巡らせて
失ったものや得られなかったものを思い返してみたけれど
いまの自分と引き換えにしてでも取り戻したいものは
どうしても思いつかなかった。

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by lottanico | 2011-10-26 23:50 | 日々

トウキョウソナタ

観た映画の話を友人とするのはとても久しぶりだった。

もともと映画や書物の感想を話したり書いたりするのは苦手なほうだ。
そもそも見て感じたことを的確に言い表す自信がないし
もっと深い感想を持つ映画好きの人から見たら
私のつたない感想なんて稚拙に見えるかもしれないし、
軽い見方、底の浅い感想しかないのだと思われたりもしたくない。
さらに言えばそんな風に考えているのを見抜かれたくない。

いつもぐるぐる勝手に一人で考え過ぎていた私には
「誰かと映画を見てお茶を飲んで感想を楽しく語り合う」
という一見簡単そうに見える、
実際当時の一般的な若い男女ならだれでもやっていたであろう行為は
とてもハードルの高いことだった。

だから「映画は一人で見るものだ」
と思っていたしそう口にしていたし、実際一人で見に行っていたので
私と映画を一緒に見たことがある人はとても少ないと思う。

家から自転車で10分ほどの距離にシネコンがあって
見ようと思えばいつでも気楽に映画が見られるけれど
なかなか行かない。
二本立て三本立てを探して行っていた学生時代が嘘みたいだ。
レンタルを借りることも稀になってしまった。

映画は好きだけれどゆっくり見る時間がとれない、というのを言い訳に
そのへんの映画好きでもなんでもない学生さんよりも見ていない。
私にとって映画は年に数回、ほんとうにぽっかりと空いた時間にだけ
見るものになってしまった。

トウキョウソナタはそんな数少ない機会に恵まれて見た作品だ。
たまたま家族が誰もいない夜にレンタルしてきて自宅で見た。

一人の夜を有意義に過ごした証拠みたいなものがほしくて
選んだDVDだった。
選択に特に深い意味はなかった。
字幕を読むのが面倒だったので邦画を選んだ。
笑いたい気持ちでもアクションに心躍りたい気持ちでもなかったので
なるべく淡々としてそうなものを選んだだけだった。

小泉今日子がなかなかいいよ、とどこかで読んだ気もした。
年齢が近いこともあってかキョンキョンは自分の中で特別な存在だ。
一定の年齢を過ぎても古びず
いつもかっこよさを更新し続けているアーティストの一人である彼女が
すんなりとしなやかに年を重ねている間は
自分もなんだか大丈夫だ、というきもちに勝手になっている。

彼女がかければ老眼鏡も年を重ねる中で手に入れた
お楽しみアイテムのひとつ、みたいに見える。
それは彼女が年をとることを楽しんでいるからだろう、きっと。

そんな彼女がこの物語の中では
私とさほど変わらない二人の子どもを持つ普通のお母さんとして登場していた。

少しずつすれ違っていく日常。
なにかを期待したり諦めたり傷ついたりしながらも
表面上はなにごとも変わらず朝ごはんを作り昼ごはんを作り夕飯を作る。

「引っ張って」と言っても夫に気が付いてもらえない小泉今日子。
彼女のなんでもない小さな落胆と諦めと
でもあたりまえに続いていく日常が私にはよく理解できた。

身につまされる、と言うほどのことは自分に起こっていない。
同じ境遇というわけでもない。
子どもたちはもっとおおらかで素直に笑顔を見せているし
夫は権威主義でもなんでもない。
でも夫婦の中の家族の中のなんとなく、な間合いのようなものは
どの家にも存在している。もちろんあの家にもあったし、うちにもある。
それの積み重ねが家族になる行程なんだろう。
一方で家の中というのはどこにも行き場がない澱のようなものがたまっていく場所でもある。

友人はリストラのリアリティに怯え、二度と観たくないと言っていたけれど
同様に小泉今日子のあのシーンのこともよく覚えていた。
二度と見なくてもかまわないほどに心の中に強く
あちこちのシーンが楔のように残ったのだと思う。

子どもがピアノをやっている、ということから
トウキョウソナタみたいだという話になった。

そんなに才能はないよ、あんなに焦がれるような想いでやってもいないし。

あの映画はこのシーンが心に残っている。

自分はむしろこのシーンに戦慄を覚えた。


小さな会話だった。
ものすごく弾んだわけでもない。
ただ同じ映画を見たことがある同士だからできる会話だった。
それぞれに思うところがあってそれぞれの感想は違うけれど
結局それは印象に残った順番が違うだけ。
立場と経験が違うから見ている側面が違うだけ。

お互いに見てから時間が経っているので
自分の中に咀嚼した印象だけが残っている。
それを踏まえて会話したあとには
同じものを見てたんだな、という静かな気持ちだけが残った。
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by lottanico | 2011-10-24 16:30 | 日々